レンズを通して感じた『しつもんZEN』

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思った通り、光が綺麗な場所だった。春光院にて。

しつもんZENの講座が開催されると聞いて「良い写真が撮れそう」と直感的に思った。お寺、お坊さん、瞑想。クリアな空間。そんなものを撮りたいと思った。

しつもんと禅

禅は瞑想。とメモに残っている。瞑想はある1点の意識を向けること。ニュアンスとしては集中するでは無く、意識をそこに置く。それは呼吸だったり、周りの音だったり、身体の感触だったり。はたまたひとつの『しつもん』だったり。

そしてその時に、今の自分は何処に意識が行き、何を感じ、何を思い浮かべるのか?それをただただ観察する。

坐禅の場合は座っているわけだから、行動はしない。ただただ観察し、そして自分の身体の反応を見る。

川上全龍さん

しつもん

魔法の質問を学んだ6年前は頭で質問に答えていた。自分の中の過去の常識からロジックで「正しい」答えを導いていた。

何か直感で頭や心に浮かんだことも、勝手に頭で書き換えて「正しさ」を答えていた。これは他の誰かからインストールされたその人の成功法則だったり、その人の思考だったりするものが多い様に思う。

だけど、しつもんを学ぶうちに、頭では無く心で思ったこと、感じたことを大切にするようになってきた。その方が自分にする質問(自問自答=自分の思考) も 相手にする質問も受け入れやすくなって行くことを感じたから。

マツダミヒロさん

しつもんと禅

どちらも、身体とか心の反応を観察すると言う点で凄く似ている。そしてそこには自分の今の世界を規定する「枠」が取り払われていく感覚がある。

これはすなわち「自分を知る」そして「自分を生きる」に繋がる。

歩く瞑想

変化していくから生涯続くもの

自分の心も身体も日々変わるもの。だからしつもんや瞑想(=禅)は生涯続くもの。自分を生きるために。だからこそ、しつもんと禅の達人の話はよりよい瞑想、よりよい質問をするために知っておくことはとても有意義だと思った。

そして質の高い瞑想。質の高いしつもんをすることで、より「自分を知る」「自分を生きる」ことが出来ていくように思う。レンズを通してそんなことを感じていた。

早速昨日、瞑想してみた。その時のテーマと相まって、今まで封印してきた色んな思いが沸き起こる。そんな時間だった。

小物に目が惹かれる

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この記事を書いた人

上田修司(しゅうしゅう)